霊能力と超能力25

靖国神社

 

今年も8月15日がやってきた。

といっても私は戦後の生まれなので、終戦を経験したわけではない。

終戦といえば思い出すのが靖国神社である。

 

私が靖国神社に関心を持つようになったのは、維新の歴史と戦前の昭和の歴史を調べていた時だった。

靖国神社は維新の時代にルーツがあり、それ以後の戦争で死んだ戦死者の霊を祭っているからだ。

 

私が靖国神社に関心を持つようになったもうひとつの理由は、神社の歴史を調べていたためだ。

神社に関心がないときは、日本の神社はどれも同じに見えた。だが調べ始めてみると、日本の神社は創建時も祭神も歴史も多様で、とてもひとくくりにはできない。

こういったことが少し分かってくると、日本の神社は明治以降に作られた神社が意外に多いことに気が付いた。

靖国神社はそのひとつだが、中でもかなり特殊である。

 

私は20年ほど前に東京に住んでいたことがある。その頃は宗教にも神社にも全く関心がなかったので、靖国神社が何でありどこにあるのかさえ知らなかったが、関心を持ち始めてから一度だけ東京に行ったときに見学してみたことがある。

行ってみていろんな意味で驚いたが、非常に違和感を感じたことは確かである。

 

靖国神社が神社としていかに特殊であるかをここで詳しく書くことはできないが、ひとつだけ取り上げてみると、この神社は天皇のために死んだ人々を集団で祭る施設だということである。

祀られているのは戦争で死んだ国民である。これらの人びとは戦争で死ななければ神として祀られることなど決してなかった人たちであり、本来なら名もなき庶民として、自分の家で仏様として祀られている人びとである。

 

靖国神社ができるまで、日本の神社は名もなき庶民を神様として祀ることはなかった。

ここにこの神社の特殊性のひとつがある。

 

靖国神社については多くのことが論じられている。この神社を存続させ、ここに首相や閣僚が参拝することは問題だと私は考えているが、そのことにここでは触れない。

 

ここでは靖国神社について考えていることをひとつだけ書いてみたい。

天皇のため、国のために戦争で死んだ人々が靖国神社で神として祀られている。そのためには招魂と慰霊という特殊な儀式が行われるのだが、それは今でも戦死者の霊が存在していると想定されているから行われているのだろう。

 

しかし、戦死者の霊はその多くがすでに生まれ変わっているとすればどうだろうか? 

いくら招魂しても霊が戻ってこなければ意味はないのではなかろうか? 神社はもぬけの殻であり、儀式はただのパフォーマンスにすぎない。

 

なぜ私がこのようなことを考えているのかというと、私の知っていた霊能者が、1995年ごろ盛んに戦後50年たったので多くの戦争で亡くなった霊が生まれ変わろうとしていると言っていたのを不思議に思ったからだ。

おかしなことを言う人だと思ったが、同じことを他の霊能者も言っていることを知って、もしかっするとこういうことがありうるのかもしれないと思ったことがきっかけだった。

 

これは再生の問題とも関係するのだが、まっとうな死ではなく外部の力によって不本意な死を強いられた人々はすぐ生まれ変わるというのだ。

戦死者の場合はそのケースに当たるのである。

 

靖国神社についこのようなことを言った人はいないのではなかろうか?

 

も戦死者の霊がすでのその多くが生まれ変わっているのなら、靖国神社はいったい何のために存続しているのだろうか。

 

私は魂の再生の問題に興味を持っているので、先祖の霊についてもこの点から書いてみたのだが、靖国神社についてもこの点から考えてみた。