霊能力と超能力14

霊能力と人助け

 

前回、中村天風の人助けを取り上げましたが、本当の霊能力が備わると人助けができるようになります。

 

人助けとは具体的にはどのようなことでしょうか。

例えば、病気直し、人生の苦境や経済的な困窮を救うために助言ができるなどは典型的な例ですね。

 

病気直しはキリストが有名です。キリストは神通力というか、霊能力と同じ能力があったと私は思っています。

新約聖書」の4つの福音書を読むと、病気直しの例がたくさん出てきます。

 

キリストの場合、その大半が悪霊を追い払うことによる病気直しです。らい病の患者を治したり、足萎えの人を歩けるようにしたり、盲人の目が見えるようにしたりという、心霊治療的な病気直しが比較的少ないのが特徴です。

キリストの時代は皮膚病と目の悪い人が多かったのでしょう。聖書にはこういった患者がたくさん出てきます。生活環境が砂漠地帯だったことや衛生状態がよくなかったことがその原因でしょう。

 

聖書を読むと、キリストは本当にこのような病気直しができたのか信じられないと多くの人は思うようです。そのために実在しなかったと考えている人も多くいます。

私も最初は聖書の話は嘘だろうと考えていましたが、その奇蹟を調べた結果、キリストは実在しえたと考えるようになりました。

 

その一例として、本当にキリストは盲人の治療ができたのか考えてみましょう。

その可能性がありえたことは、他の霊能者の例を調べると分かります。他にもそのようなことができる霊能者がいればキリストもできただろうという推測が成り立ちます。

 

私の知っていた霊能者は、若いころに目の悪い人の目が見えるようにできたと言っていました。患者の存在も分かっていますので本当だと思います。

また東京の吉祥寺にある玉光神社の教祖、故本山キヌエ師も若いころ、小豆島で盲人の目が見えるようにしたという記録が残っています。本山が気合を込めると、盲人の目から血膿がドサッと出たそうです。

 

このような証言から、私はキリストも盲人の治療ができただろうと考えています。

古代は医療が発達していませんでしたので、キリストの能力は非常に注目されりがたがられたことでしょう。

当時はもちろん白内障の手術などできなかったわけですから、白内障が始まると盲人になることは既定の事実だったのです。目が悪い人は今よりもさらに多かったことでしょう。

 

キリストは病気を治すことができる奇蹟の聖者として崇拝され、多くの信者を集めたに違いありません。

信者を集めるためには優れた霊能力が大きな効果を生んだのです。

 

 

 

霊能力と超能力13

中村天風の一念発起

 

中村天風の生涯については、おおいみつるさんが3冊の本を書いています。しかし、これらの本を通読しても出てこない時期があります。

例えば、中村はインドの帰りに中国に立ち寄り、孫文に会って何か活動して大金を手に入れて日本に帰ってくるのですが、それがどのような活動だったのかは書かれていません。

 

いずれにせよ、中村はその大金を元手に会社を起こし、社長業を始めます。会社は順調で、かなり羽振りがよかったといいます。なにしろ午後になると会社を出て、新橋で芸者を上げて遊んでいたというのですから大変なものです。

 

ところが、そうした生活を続けていると、しだいに不満が高じてきました。そして、こういった浮薄な生活をして俗人の塵にまみれて一生を終えていいのだろうかという疑問にとらわれるようになりました。

 

その挙句、中村は突然会社を閉じ、東京の上野公園で毎日辻説法を始めます。無性に人々に自分の考えを伝えたくなったのです。その結果、無収入になりました。ずいぶん無謀なことをやったものです。

毎日、上野公園で心に浮かんだことを話していると、しだいに人が集まるようになりました。

そして、天風会という修養団体ができました。この会は今でも本部が護国寺の中にあります。私は一度売店に行ったことがあります。

 

中村の会は宗教なのかというとどうも違うように思います。ですから天風会は宗教団体ではありません。よって中村は宗教の教祖ではありません。私にはこの会の性格がいまだによく掴めていません。いずれにしても変わった会です。

 

中村のこの行動、一念発起は、一種の自己否定です。霊能者は霊性を高めるために、自己否定をしなくてはなりません。すべてを捨てるという行為です。釈迦もそうでした。

中村もヒマラヤで霊性に目ざめていましたので、このような行為を始めたのはある意味で当然だったのです。

 

中村はその結果、自分の考えを人に説き、心身の修養の方法を教えました。そして多くの人が中村の教えを乞うようになりました。中村の行為は一種の人助けでした。

実は、本当の霊能者は人助けができるようになります。人助けができる霊能者こそ本物の霊能者なのです。

中村のすべてを捨てたこの行動は、霊能者の本質をよく表しています。

 

また中村の行動は、鎌倉時代の宗教家の辻説法や行動を思い出させるものがあります。そういう意味では疑似宗教のようにも思われます。

 

 

 

 

 

霊能力と超能力11

中村天風と虎

 

中村天風は驚くような逸話の持ち主です。

インドから帰国して後のことでした。

ある人から虎が入っている檻に入ってみろと言われたのです。

すると中村は平然として檻に自ら入りました。檻に入ると虎の傍に座りました。虎は中村がいても全く無関心で、知らん顔をしていたと言います。これには命じた人が脱帽したそうです。

 

普通なら虎は入ってきた人に襲いかかります。どうして虎は中村には襲いかからなかったのでしょうか? それは中村から何も感じなかったからです。虎はそばに人がいると思わなかったのでしょう。人の心の動きや感情を全く感じなかったはずです。

 

なぜ中村は人の気配を虎に感じさせなかったのでしょうか。

それは中村が自分をなくすことができたからです。つまり無になることができたのです。無になると心も感情も全く働きませんから、虎は人を意識しないのです。

行をすると、霊能力が出ますが、そのためには無になることができなくてはなりません。

中村はインドで行を積んだので、無になることができるようになっていたのです。

 

この話と同じような話が江戸時代にあります。

3代将軍家光が、沢庵に虎のいる檻に入れと命じたのです。

沢庵はこれまた平然と虎の檻に入りました。やはり虎は沢庵に対して知らん顔をしていたそうです。

沢庵は禅僧ですが、座禅によって無の境地に入ることができるようになっていたのでしょう。

 

ヨガと禅は根が同じなのです。

霊能力と超能力11

中村天風は弾が当たらなかった

 

中村天風の本には変な話がよく出てきます。

次の話もそうでした。最初、何のことかさっぱり分かりませんでした。

 

中村はある時、さる筋の大物に頼まれて、茨城県だったかの炭鉱争議の仲裁に出かけます。

この争議はやくざがらみで物騒な争議でした。

 

中村が現地に着くと、鉄砲玉がびゅんびゅん飛んでいました。たいていの者ならこれでまず尻込みしてしまうのですが、中村は平気な顔でその弾が飛び交う中に出ていきました。まるで戦国時代の武士さながらのあっぱれな度胸です。

 

中村はかすり傷ひとつ負わずに争議の中心人物たちのいるところまでたどり着き、やくざ相手に見事、調停をやってのけました。労働者側も中村の度胸と気風の良さにほれ込み、中村の提案を受け入れ、争議は収まりました。

 

中村はこの時のことを何度か本に書いていますが、弾が当たらなかったのではなく、弾が当たらないと思えば、弾は避けて飛んでいくのだと豪語しています。

 

私はこの手柄話を読んで、そんな馬鹿なと思いました。いくら度胸があっても、当たるときは当たるものだ。度胸だけで万事解決するなら、神様も仏様もいらないではないか。

 

私がこの逸話の本当の意味が分かったのは後のことでした。

これは霊能力から考えると納得がいく話なのです。霊能力の中に、物が動く力が働くことがります。相当能力の高い霊能者になると、この力が働きます。専門用語で言いますと、PK能力と呼ばれています。

PK能力が働くと、物が動きますので、文鎮が三階から一階に床を通り抜けて落ちてきたりします。ですから弾の弾道が変化したりすることもありうるのです。

念力という言葉がありますが、これは念ずれば物が動いたり、物が変化したりすることです。

中村は例によって何も説明していませんが、中村は霊能力がありましたので、おそらく念力が働いたのだと思います。

 

それにしても大変な度胸です。これは行によって養われた胆力だったのでしょうが、中村は生まれつき度胸のある人で、インドで行をする以前でも、生死の境を何度も潜り抜けています。満州では処刑されかけて間一髪で助かっています。そのような体験が中村の度胸の肥やしになったのでしょう。

 

昔の人は今の人とは違って心が格段に強かったようです。

中村は人は心が強ければいけないと言っています。中村が人に説いたのは、ひとつは強い心を作る方法でした。

 

 

 

霊能力と超能力10

中村天風の予言

 

6から8で予言について書きましたが、中村天風も予言の能力があったようです。

 

ある本で、ある人にある商売をうまくいくからやりなさいと薦め、その人がその言葉を信じてやってみるとうまくいったということが書かれていました。

最初は変な人だと思っただけでしたが、その後、中村には予言の能力があったのだと気が付きました。

 

おそらく中村はこのような予言をしていたのだと思います。それが当たるので中村のところにはたくさんの人が集まってきたのでしょう。ただ心身の修養を説いているだけではたくさんの人は集まってこなかったでしょう。

 

中村のところには、政財界の大物もやってきたそうです。

今はどうか知りませんが、昔は大物政治家は必ず相談する人がいたといわれています。中村のように心身の修養を説いった人もそうでしたが、霊能者も含まれていたようです。

政治家は国家の運命を左右する政策の決断をするときに、誰か信頼している人に相談して決めていたと言われています。政治家は会社の社長同様、孤独ですから、何か頼りにする人を必要としていたようです。

安倍信三首相もそのような人がいるのではないのでしょうか。

 

中村は表向きは心身の修養を説いていましたが、裏では予言なども行い、超能力も見せていたのでしょう。

 

将来うまくいくことを助言することは、一種の現世利益を与えことです。特殊能力の人に人がたくさん集まってくるのは、何らかの現生利益を与えることができるからでしょう。

 

霊能者と現世利益は切っても切り離せないものがあります。

現生利益を与えることができない霊能者には人は集まってきません。

これは私の知っていた霊能者を見ているとよく分かりました。

 

江原啓之は現生利益をバカにしていますが、これは江原が現世利益を与える力がないからです。

 

仏陀は現世利益を与えることを禁じましたが、これは仏陀に霊能力がなかったからではありません。仏陀はこのような行為は悟りには不必要だと考えていたからです。

 

霊能力と超能力9

中村天風の胎児判別

 

松原照子さんの本のことから脇にそれましたので、第1回の中村天風のことに戻ります。

 

中村天風は本では自分のことを霊能者とか超能力者と書いていませんので、私は長い間、この人にそのような能力があると気が付きませんでした。

 

しかし、本を読んでいると、どうもこの人は常人とは違うようだと思える記述があるのです。

例えば、生まれてくる子供の性別が分かったなどとさりげなく書いているのです。普通、そんな人はいませんよね。

 

実は霊能者はこのようなこともできるのです。

おそらく中村天風は体内透視ではなく、直感で胎児の男女の別が分かったのでしょう。中村を難病から救ったのカリアッパ師が中村の病気が分かったのと同じだと思います。

 

私がこの能力を霊能力だと知ったのは、中村の本を読んでからかなりのちのことでした。

私の知っていた霊能者が似たような話をしてくれたのです。

この霊能者も生まれてくる子供の性別が分かりました。昔は体内のことが分かる精密な機械がありませんでしたので、医者でも妊婦の胎児の雌雄の判別はできませんでした。そのためにこの人の能力は重宝されたそうです。

 

この人のすごさはそれだけではありませんでした。

例えば年配の女性が体調が悪いといって相談に来ると、おめでたですと言い、女性がいい年をして恥ずかしいと恥じ入ると、生まれてくるお子さんは終戦後の食糧難の時に死産したご長男の生まれ変わりです、などとこともなげに告げるのです。

どうもこの霊能者は、霊の再生まで分かったようです。

私は人は再生するのかとびっくりしました。

 

この人は人の胎児の性別だけでなく、牝牛がはらんだ胎児の性別も分かりました。

昔は田舎では農家はどこでも牛を飼っていましたが、牝牛が妊娠すると、牝牛が生まれてくるのを願いました。そのほうが高く売れるからです。

この霊能者はすぐにそのことが分かったそうです。そのために牛買の業者からありがたがられたそうです。

 

世の中にはすごい人がいるものです。

 

 

霊能力と超能力8

江原啓之の予言

 

 

最近、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの奥さんが乳がんだということが芸能ニュースで流れました。

私は芸能界にはほとんど関心がないのですが、市川海老蔵のニュースにはつい注目してしまします。

というのは、江原啓之の霊能力について調べていたときに、市川海老蔵のことが出てきたからです。

 

市川海老蔵は、10年ほど前に江原がホストを務めていたテレビ番組「オーラの泉」にゲストで出ました。

この人はゲストとしては珍しく自分から江原に質問しました。自分の結婚について尋ねたのです。

しかし江原はそれには「このことはまあ先でいいのではないですか」といってお茶を濁してしまいました。はっきり答えなかったのです。おそらく分からなかったのだと思います。

この時、江原が言ったのは、事故に注意しろということでした。

これは江原がよく使う常套句です。人は意外と事故に会いやすいので、こういっておくと当たる可能性があるのです。事故が起きると、それみろ、言った通りになっただろうということができます。

 

ところが、その後、海老蔵はすぐに結婚してしまいました。「まあ先」ではなかったのです。江原の予言は当たらないと思いました。

しかも結婚後しばらくして、海老蔵は酒席で暴行事件を起こして週刊誌で騒がれました。

するとそれに便乗するかのように江原のコメントが週刊誌に出ました。そのコメントはテレビで自分はこういうことが起きるから注意しろと忠告したという意味のことが書かれていました。

しかし、テレビでは事故に注意しろと言っただけだったのです。

 

このコメントで、江原という人は、予言は当たらないし、いい加減な人だと思いました。

 

霊能者だからといって無条件に予言を信用してはいけません。

信用する前に、霊能者の実力を確認したほうが無難です。